ピコピコガッコン日記 ~番外編~ 「おしるこ」
この記事は、クレボに通う利用者が、懐かしいドリンクとそれにまつわる思い出を綴る備忘録です。
冬の夜
毎年、冬がやってくると、オセロゲームを思い出します。
少し目を離すと両端をはさまれ、あっという間に盤面が真っ黒になってしまう。そんなところが、冬の夜に似ていると思うからです。
クレボからの帰り道、大通りを外れて細い横道に入ると、まだ夜の始まりだというのに、足元の砂利道は薄暗く、その先が真っ黒に見えることがあります。
もし、このまま真っ黒に吸い込まれてしまったら、そんな不安がよぎります。
冬の夜は、なぜこんなに心細いのでしょうか。
そんな時、自動販売機を見つけると、まるで救いを求めるように「おしるこ」のボタンを押してしまいます。
缶入り「おしるこ」とは?
缶入りの「おしるこ」は、昭和初期に森永製菓が「ゆであずき」の缶詰を発売したのが始まりとされています。現在では、さまざまなメーカーが冬の定番ドリンクとして販売しています。
「おしるこ」は地域によって呼び名や材料が異なり、関東では「こしあん」、関西では「つぶあん」が一般的です。
力強い墨文字でデザインされたパッケージが、冬のおとずれを感じさせてくれます。
そして、「おしるこ」といえば、高校を卒業してすぐにお世話になったスナックでの日々を思い出します。
若者
当時の私は、夢のために入学した専門学校に通いながら、母の友人が経営するスナックで住み込みのアルバイトをしていました。
スナックといっても、昼間は喫茶店のような軽食も提供していたので、注文を取ったり、料理を作ったりするのが私の仕事でした。
母の友人である「ママ」は、とても繊細で優しい人でした。
痩せっぽちだった私に、いつも「もっと食べなさい」といっては、ご飯を食べさせてくれました。
ママが作る料理はどれもボリュームたっぷりで、ナポリタン、生姜焼き、焼うどんは、いつも超大盛り。いつも、平らげるのに苦労していました。
そんなママ自慢のメニューが「おしるこ」でした。
冬になると、大きな鍋で一晩中じっくりと炊き上げた小豆に、こんがりと焦げ目をつけた切り餅を浮かべたおしるこは、お酒を楽しむお客さんにも人気でした。
ママは人の表情を読むのが得意で、トランプやオセロが強かったのですが、お客さんにはわざと負けてあげることが多かったように思います。
そんな優しいママに、若者らしい悩みを打ち明けるたび「おしるこ」を作ってもらいました。
しかし、当時の私は、早くこのスナックを出て、都会の綺麗なマンションに住みたいと夢見るくらいには恩知らずでした。
思い返せば、寝坊はするし、注文は覚えられない、お客さんには余計なことばかりいう私を、よく働かせてくれていたものです。(お客さんにホットケーキの味を褒められ、冷凍品ですといったことがありました)
黒い礼服
そんなママが大病を患い、寝たきりになってしまった時、私はなにかできないかと必死で考えました。
しかし、結局、私にできたのは、黒の礼服を仕立てることぐらいでした。
礼服というものが、普通のスーツよりも、もっとずっと深い黒であることを知ったのも、この時です。
もうあのスナックの「おしるこ」を口にすることはできません。
それでも、毎年冬がくるたび、自動販売機でおしるこを探してしまうのは、あの頃の記憶が夜空の星のように、今も心の支えになっているからなのです。
きっと、日本中に、私と同じく「おしるこ」に思い出がある人がたくさんいるのでしょう。
時代が変わっても、自動販売機のおしるこは、ずっと変わらずそこにあります。
おわり